Tana Gone
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部分空間正則化付き主成分分析を用いた日米業種リードラグ投資戦略
論文番号:SIG-FIN-036-13、掲載ページ:76–83

Kei NAKAGAWA Masahiro KATO

Graduate School of Business, Osaka Metropolitan University

GPTs Paper解説by紺野大地
原論文
原論文pdf

Abstract

本研究は、米国と日本の取引時間帯が重ならないことを利用し、米国市場で先に確定した業種別情報が、日本市場の翌営業日の寄付きから日中にかけて反映されるというリード・ラグ仮説を検証したものである。

具体的には、米国の業種ETFについて当日の Close-to-Close return を情報として利用し、日本の業種ETFについて翌営業日の Open-to-Close return を予測する。

予測には、日米業種の結合相関行列に対して部分空間正則化付きPCAを適用する。通常のPCAでは短い推定期間における固有ベクトルの不安定性が問題となるため、グローバルファクター、国スプレッド、シクリカル・ディフェンシブという経済的に解釈可能な3次元の事前部分空間へ相関構造を縮約する。

その結果得られるシグナルは、米国業種リターンから日本業種リターンを予測する低ランク線形予測器として解釈できる。また、共通ファクターが米国で先に実現し、翌日に日本へ伝播する理想化モデルでは、この予測器が最良線形予測となることを理論的に示している。

実証分析では、提案手法の PCA SUB が、単純モメンタム、正則化なしPCA、モメンタムとのダブルソートを上回り、年率リターン 23.79%、年率リスク 10.70%、R/R 2.22、最大ドローダウン 9.58% を達成した。

Background

出発点は効率的市場仮説(EMH)である。EMHでは、利用可能な情報は資産価格へ迅速に反映されるため、リスク調整後の超過収益を継続的に得ることは難しいと考える。

しかし実際の金融市場では、情報が全銘柄・全市場へ同時に伝わるとは限らない。情報拡散、投資家の注意制約、取引制度、そして特に市場ごとの取引時間の非同期性によって、予測可能性が生じる可能性がある。

本研究が着目するのがリード・ラグ効果である。これは、ある市場・資産・業種で先に生じた価格変化が、別の市場・資産へ時間差を伴って伝播する現象である。

日米市場では特に、

米国市場クローズ → 日本市場翌営業日オープン

という時間的な順序が存在する。そのため、米国市場で確定した業種別情報が、日本市場の翌営業日の価格形成に利用される可能性がある。

従来のPCAは共通変動を抽出するのに有効だが、60営業日のような比較的短いローリングウィンドウでは、相関行列の固有空間が不安定になりやすい。そこで本研究では、経済的に意味のある事前部分空間を導入して推定を安定化する。

Methods

1. 投資対象

米国側はS&P 500の11業種に対応するSelect Sector SPDR ETFを使用する。

  • XLB:Materials
  • XLE:Energy
  • XLF:Financials
  • XLI:Industrials
  • XLK:Information Technology
  • XLP:Consumer Staples
  • XLU:Utilities
  • XLV:Health Care
  • XLY:Consumer Discretionary
  • XLC:Communication Services
  • XLRE:Real Estate

日本側はTOPIX-17に対応するNEXT FUNDS TOPIX-17業種別ETFの17銘柄を使用する。価格は日次Open/Closeであり、株式分割・分配金の影響を調整した価格系列からリターンを作成する。サンプル期間は2010年1月~2025年12月であり、日米双方で観測可能な営業日のみを使用する。

2. リターン

PCAの推定には米国・日本双方の Close-to-Close return

$$ r^{cc}_{i,t} = \frac{P^{close}_{i,t}} {P^{close}_{i,t-1}}-1 $$


を用いる。

一方、投資戦略の評価では、日本市場の翌営業日の日中リターン、

$$ r^{oc}_{j,t} = \frac{P^{close}_{j,t}} {P^{open}_{j,t}}-1 $$


を使用する。

つまり、

米国の当日Close-to-Close → 日本の翌営業日Open-to-Close

という予測関係を構築している。

3. 部分空間正則化

推定ウィンドウは60営業日(L=60)である。

事前部分空間は K₀=3 とし、

  1. Global factor
  2. Country spread factor
  3. Cyclical–defensive factor

の3方向を設定する。

さらに、 \(C_t^{reg}=(1-\lambda)C_t+\lambda C_0\) として、観測された相関行列 \(C_t\) を事前相関構造 \(C_0\) に縮約する。本研究では \(\lambda=0.9\) としている。

そのうえで固有分解し、上位 \(K=3\) 個の固有ベクトルを採用する。

この方法の重要な点は、各固有ベクトルを個別に事前ベクトルへ近づけるのではなく、複数の固有ベクトルが張る「部分空間」そのものを事前部分空間へ近づけることにある。

4. リード・ラグシグナル

米国の標準化リターンを \(z_{U,t}\) とし、米国側の固有ベクトルを \(V_{U,t}^{(K)}\) とすると、 \(f_t=V_{U,t}^{(K)\top}z_{U,t}\) によって米国ショックを3次元の共通ファクターへ圧縮する。

その後、日本側固有ベクトル \(V_{J,t}^{(K)}\) を用いて、 \(\hat z_{J,t+1} = V_{J,t}^{(K)}f_t\) と復元する。

したがって、 \(\hat z_{J,t+1} = B_t^{(K)}z_{U,t}\) と書け、 \(B_t^{(K)} = V_{J,t}^{(K)} V_{U,t}^{(K)\top}\) となる。

この \(B_t^{(K)}\) は、米国業種のショックが日本業種へどのように伝播するかを表す時変の低ランク伝播行列と解釈できる。さらに、 \(rank(B_t^{(K)})\leq K\) なので、3次元の低ランク線形予測器となる。

5. ポートフォリオ

シグナル上位30%をロング、下位30%をショートとする。

したがって、 \(q=0.3\) であり、ロング・ショートとも等ウェイトで構成し、 \(\sum_jw_{j,t}=0, \qquad \sum_j|w_{j,t}|=2\) とする。

6. 比較対象

以下の4戦略を比較した。

  • MOM:日本側60営業日の単純モメンタム
  • PCA PLAIN:正則化なしPCA
  • PCA SUB:提案する部分空間正則化PCA
  • DOUBLE:MOMとPCA SUBを2×2段階ソート

PCA SUBの事前相関構造 CfullC_{full} の推定には、2010年1月1日~2014年12月31日のデータを使用している。

Results

最も重要な結果は以下である。

Strategy AR (%) RISK (%) R/R MDD (%)
MOM 5.63 10.59 0.53 16.97
PCA PLAIN 6.24 9.94 0.62 23.65
PCA SUB 23.79 10.70 2.22 9.58
DOUBLE 18.86 11.16 1.69 12.10

PCA SUBは、MOMのAR 5.63%、PCA PLAINの 6.24%に対して、23.79%という大幅に高い年率リターンを示した。

しかもリスクは 10.70% であり、MOMの10.59%、PCA PLAINの9.94%と大きく変わらない。

結果としてR/Rは 2.22 と、MOMの0.53、PCA PLAINの0.62、DOUBLEの1.69を大きく上回る。

さらにMDDも 9.58% と最小である。

ファクター調整後

Fama–French 3ファクターでは、PCA SUBの年率アルファは

22.17%(t=6.69)

であり、1%水準で有意である。

Carhart 4ファクターでも、

22.23%(t=6.73)

であり、こちらも1%水準で有意である。

さらにCarhart 4ファクターに対するPCA SUBのWML係数は

−0.047

で、10%水準で有意である。

一方、MOMではHMLが 0.103、WMLが 0.268 と正で有意であり、MOMの収益には既知のモメンタム要因がかなり含まれている。

PCA SUBのAdjusted R²はFama–French 3で 0.004、Carhart 4で 0.006 と非常に小さい。このことから、PCA SUBの収益変動の大部分は従来の株式スタイルファクターでは説明されないことが示唆される。

Discussion

本研究の結果から重要なのは、単に「PCAを使えば予測できる」ということではない。

正則化なしPCAでは十分な性能が得られず、経済的に意味のある部分空間へ正則化することで性能が大幅に改善した点が重要である。

PCA PLAINはAR 6.24%、R/R 0.62、MDD 23.65%であるのに対し、PCA SUBではAR 23.79%、R/R 2.22、MDD 9.58%となった。

これは、60営業日のローリングウィンドウでは、通常のPCAによる固有空間推定がノイズの影響を受けやすい一方、事前部分空間への縮約によって推定誤差を抑えられるためと解釈されている。

また、提案手法は単なる「米国株が上がったら日本株も買う」という市場方向性の予測ではない。

米国11業種の情報を3つの共通モードへ圧縮し、そのショックを日本17業種へ再配分している。そのため、市場全体の方向ではなく、業種間の相対的な情報伝播を利用する構造になっている。

理論面でも、著者らは共通ファクターが米国で先に観測され、翌日に日本へ伝播する理想化モデルを設定し、その場合に提案される低ランク予測器が最良線形予測器と一致することを示している。

Novelty compared to previous studies

本研究の新規性は主に4点に整理できる。

1. 日米の取引時間差を直接的な投資シグナルにした点

従来のリード・ラグ研究では情報伝播現象そのものを検証するものも多いが、本研究では、

米国当日 → 日本翌営業日日中

という時間構造を明示的に投資戦略へ落とし込んでいる。

2. 日米業種を同時に扱うPCA

米国と日本を別々に分析するのではなく、日米の業種を結合した相関構造から共通ファクターを抽出している。

3. 部分空間正則化PCAの導入

グローバル、国スプレッド、シクリカル・ディフェンシブという経済的事前知識を部分空間として導入し、通常のPCAの推定不安定性を抑えている。

4. 低ランク線形予測器としての理論的解釈

シグナルを単なる経験的スコアではなく、 \(B_t^{(K)}z_{U,t}\) という米国から日本への低ランク伝播行列として定式化している。

さらに理想化モデルでは最良線形予測器との対応まで示している点が理論的な特徴である。

Limitations

論文の結果から考えると、いくつか重要な限界がある。

1. 理想化モデルと現実市場には乖離がある

命題2は共通ファクターが米国で実現して翌日に日本へ伝播するというモデルを仮定している。これは理論的な裏付けとして有用だが、現実の情報伝播が常にこの構造に従うことを意味しない。

2. 事前部分空間の設定に依存する

3つのファクターとして「グローバル」「国スプレッド」「シクリカル・ディフェンシブ」を設定し、さらに K=3、λ=0.9 としている。これらの選択が異なれば結果が変わる可能性がある。

3. シクリカル/ディフェンシブの分類には事前判断が入る

例えば米国ではXLB、XLE、XLF、XLREをシクリカル、XLK、XLP、XLU、XLVをディフェンシブとしている。日本側でも特定のETFをあらかじめ分類しているため、完全にデータ駆動型の手法ではない。

4. 取引コスト等の実運用上の問題

論文では高いバックテスト性能が示されているが、実際の運用では売買手数料、Bid-Ask spread、マーケットインパクト、空売りコスト、為替、約定価格の乖離などが発生する。したがって、AR 23.79% がそのまま実運用収益になるとは解釈できない。

5. 日米市場の祝日・取引日の制約

分析対象は日米双方で共通に観測可能な営業日のみに限定されている。この処理はリークを避けるうえで合理的だが、利用可能なサンプルを減少させる。

Potential Applications

最も直接的な応用は、日米株式市場を利用した短期クロスボーダー・セクターローテーション戦略である。

例えば米国市場終了後に、

  1. 11業種の米国ETFの当日リターンを取得
  2. 60営業日のローリングウィンドウで標準化
  3. 部分空間正則化PCAを更新
  4. 米国ショックを3次元ファクターへ射影
  5. 日本17業種へシグナルを復元
  6. 上位30%をロング、下位30%をショート
  7. 翌営業日の日本市場Open-to-Closeで決済

という運用が考えられる。

また、単純な投資戦略だけでなく、国際的な情報伝播の分析、セクター間のリード・ラグ構造の可視化、クロスマーケット予測、低ランク回帰モデル、金融時系列における構造的正則化にも応用可能である。

特に本研究の重要なメッセージは、「PCAで共通因子を探す」だけではなく、「経済的に意味のある部分空間をあらかじめ与え、その上で共通因子を安定的に推定する」ことが予測性能の向上につながるという点にある。

なお、論文中の図はFigure 1「提案手法による正則化のイメージ」Figure 2「各戦略の累積リターン」の2点である。Figure 1については、凡例ではサブパネルを個別に区分しておらず、左側が通常のベクトル正則化、右側が本研究の部分空間正則化という構成で説明されている。Figure 2についても、凡例上は個別のa/b等のサブセクションは設定されておらず、「各戦略の累積リターン」を示す図として記載されている。

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この論文でいう「単純モメンタム(MOM)」「モメンタムとのダブルソート(DOUBLE)」は、どちらも日本の17業種ETFを「過去の値動きが良かったか/悪かったか」で分類して、ロング・ショートする戦略である。

1. 単純モメンタム(MOM)

一言でいうと、

「最近上がっている業種を買い、最近下がっている業種を売る」

という非常にオーソドックスなモメンタム戦略である。

この論文では、日本の17業種について過去60営業日のリターンを計算し、それをモメンタム指標として利用する。

例えば、17業種の過去60営業日リターンが、

業種 過去60日リターン
情報・通信 +15%
電気・ガス +12%
機械 +8%
鉄鋼 −8%
鉱業 −11%

だったとする。

この場合、

  • 上位30% → ロング
  • 下位30% → ショート

とする。

17業種なので、概念的には

過去60日で強かった業種 → 翌日のOpenで買う

過去60日で弱かった業種 → 翌日のOpenで空売りする

という構造である。

したがってMOMは、米国市場の情報をまったく使わない

ここがこの論文では非常に重要である。


2. モメンタムとのダブルソート(DOUBLE)

こちらは少し複雑である。

基本的な発想は、

「米国→日本のリード・ラグシグナル」と「日本の過去60日モメンタム」の両方を使って銘柄を選ぶ

というものである。

つまり、1つの指標だけで選ぶのではなく、2段階で分類する

第1段階:PCA SUBのシグナルで分類

まず、論文の提案手法であるPCA SUBによって、

「米国の今日の動きから考えると、明日の日本のどの業種が上がりそうか」

という予測シグナルを17業種について計算する。

そして、

  • PCA SUBシグナルが高い
  • PCA SUBシグナルが低い

というように分類する。

第2段階:モメンタムでさらに分類

そのうえで、それぞれのグループの中で、

過去60営業日のモメンタム

を使ってさらに分類する。

つまり、

PCA SUB × MOM

の2つの情報を組み合わせる。


イメージするとこうなる

例えば17業種をまずPCA SUBで、

PCA SUBシグナル

高い
│
├── A
├── B
├── C
├── D
├── E
├── F
├── G
│

低い
│
├── H
├── I
├── J
├── K
├── L
├── M
└── N

のように分ける。

さらに、それぞれについてモメンタムを見る。

                 過去60日モメンタム
                 強い       弱い

PCA SUB 高い     A/B/C      D/E/F
PCA SUB 低い     G/H/I      J/K/L

というような2×2の分類を作るイメージである。

そして、

PCA SUBが強い + モメンタムも強い

という業種を特にロング側へ、

PCA SUBが弱い + モメンタムも弱い

という業種を特にショート側へ、

というように選別する。

これが「ダブルソート」である。


3. MOMとDOUBLEの違い

非常に簡単にまとめると、

戦略 何を見るか 考え方
MOM 日本の過去60日リターンだけ 「最近強い業種を買う」
DOUBLE PCA SUB+過去60日モメンタム 「米国からの予測シグナルと日本のモメンタムが両方強い業種を買う」
PCA SUB 米国業種→日本業種のリード・ラグ 「米国の今日の動きから明日の日本業種を予測する」

したがって、研究上の比較としては、

MOM → 従来型のモメンタムだけでどれくらい儲かるか

PCA SUB → 日米のリード・ラグだけでどれくらい儲かるか

DOUBLE → その2つを組み合わせたらさらに良くなるか

という関係になっている。


4. ところが、この論文では面白い結果になっている

結果を見ると、

  • MOM:年率リターン 5.63%
  • PCA SUB:23.79%
  • DOUBLE:18.86%

である。

つまり、

MOM < DOUBLE < PCA SUB

となっている。

これはかなり興味深い。

普通に考えると、

「PCA SUBにモメンタムまで追加したら、もっと良くなるのでは?」

と思う。

しかし実際には、PCA SUB単独の23.79%のほうが、DOUBLEの18.86%より高い

したがって、この研究では、

日本市場の過去60日モメンタムを追加することが、米国→日本のリード・ラグ情報の価値を高めるとは限らない

という結果になっている。

むしろPCA SUBは、従来型のモメンタムとは異なる情報を捉えている可能性が高い。

特にCarhart 4ファクター分析で、PCA SUBのWML係数が−0.047であることも、この「PCA SUBは単純なモメンタムとは違う」という点を裏付ける重要な結果である。